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記述のポイント

 品詞分類もまた,文法記述の中核をなす作業である。方言によって,品詞分類の基準や,出来上がる品詞体系は異なるのであって,標準語の研究成果に依存すべきではないし,そのような「借用体系」をもとにした記述は文法記述とは言わない。

 品詞は,語根ないし語に対して語彙的に指定されるクラスである。たとえば,標準語の語根tabe-「食べる」は動詞語根と呼ばれ,名詞語根atama「頭」と異なる品詞を持っている。品詞は,特有の構造特性(形態論的特性)および分布特性(統語論的特性)よって定義される。

品詞分類の基準

 品詞分類の基準は主に2つである。すなわち,構造特性(structural/morphological properties)と分布特性(distributional/syntactic properties)である。

 構造特性とは,その品詞に属する語に特有の屈折カテゴリーや内部構造などを指す。日琉諸方言の動詞は,テンスや従接(きれつづき,すなわち文末終止,連用接続,連体接続など)で屈折するから,この形式的特徴で他品詞から区別されるであろう。ほとんどの方言で,形容詞も動詞と同じく屈折すると考えられるが,その屈折接辞の種類(例えば非過去の接辞)が動詞と異なるなら,動詞と形容詞はさらに微細な構造特性において別品詞に設定される。

 以下は標準語の品詞分類の案である。なお,動詞と形容詞を,その構造特性上の類似点に着目して,屈折詞と呼ぶことがあるが,これは品詞より一段上のレベル(以下の第一階層)における分類である。

標準語の品詞分類

  • 屈折詞     

    • 動詞

    • 形容詞

  • 非屈折詞

    • 名詞

    • 連体詞

    • 数詞

    • 形容動詞

    • 接続詞

    • 間投詞

    • 副詞           

    • 助詞

 

 分布特性とは,句や節における特徴的な位置を指す。日琉諸方言の名詞は一般に屈折しない(必須の文法カテゴリーがない)ので,構造特性でその品詞を定めることはできないが,名詞は,節中で独特な働きをする句の主要部に立つ。すなわち,格助詞をとって項(主語や目的語)になり,コピュラをとって述語になる句(名詞句)の主要部にたつ。この分布特性により,名詞は動詞をはじめ,形容詞や形容動詞,連体詞などと区別される。

 数詞は,分布特性の点で一見すると名詞のようであるが,数詞は常に数語根と類別接辞からなるという構造特性で名詞から区別され,また数詞は名詞と違い,名詞句と離れた位置に出現しうるという分布特性でも名詞と区別される。

 

  1. この[3冊]が特に面白かった。

  2. a. 俺は[3冊]の雑誌を買った。
    b. 俺は雑誌を[3冊]買った。

 

  なお,名詞の下位クラスとされる代名詞は,おそらく全ての方言で,人称・数で屈折するという(他の名詞にはない)構造特性で定義できる。このように,品詞分類および同一品詞の下位分類を行う際は,構造特性と分布特性のいずれにも目を配る必要がある。

別品詞か同一品詞の下位クラスか

 3つの品詞候補A,B,Cがある時,AとBの違いが,AB vs. Cの違いに比べれば小さい,ということはありうる。例えばすでに見た日本語の動詞,形容詞,名詞に関して,動詞形容詞は屈折詞である点で1つにまとめることができる。こういう場合に,AB/Cの2品詞体系にして,ABを1つの品詞の2つの下位クラスにまとめるべきか,A/B/Cの3品詞体系にする(すなわちAとBを別品詞にする)かは,記述する者が決めるべき重要な決断であり,他の言語の記述を参考に決めたり,だれかに聞いて決めたりする問題ではない。

 上記の日本語の動詞と形容詞は,構造特性だけを重視すれば(「第一階層」だけを重視すれば)1つの品詞(屈折詞)にまとめることができるが,この場合,非屈折詞は名詞から助詞までを含む巨大な品詞になってしまう。非屈折詞は,品詞として有意義なクラスとは言い難い。屈折詞についても,その構造特性を細かくみれば,動詞が取る屈折接辞と形容詞がとる屈折接辞には大きな違いがある。さらに,分布特性にまで目を配ると,形容詞が動詞と異なるだけでなく,むしろ名詞と似た振る舞いを見せることもわかってくる。例えば,標準語においては,動詞はコピュラの丁寧形をとることができないが,形容詞と名詞はできる(「*書くです」「高いです」「太郎です」)。

 このように,屈折詞vs. 非屈折詞を重視し,形容詞と動詞との共通性を過度に強調することは,形容詞という品詞の本質を覆い隠すことになる。結局,標準語においては,動詞と形容詞を(名詞と動詞の違いと同じレベルで)別品詞に設定することが最も理にかなっている。

接辞としての「助動詞」について

 固有の品詞情報を有する語根に対して,接辞は特定の品詞を持たず,接続する先(語根)の品詞情報を参照して,どういう品詞の語根に接続できるかが決まっている。たとえば標準語の使役接辞-saseは動詞(語根)に接続することが決まっており,複数接辞-tatiは名詞語根に接続する。

 伝統的な方言研究の枠組みでは,しばしば用言接辞を「助動詞」と呼び,品詞の一種とする。しかし,品詞は上記のように語(根)に対して付与されるのであって,接辞に対して付与されるのではない。助動詞を品詞と考える研究者は,助動詞を助詞と対立させ,助動詞が「活用する」という言い方をする(すなわち構造特性に言及して区別する)。しかし,これは当該の「助動詞」が,接辞2つに分析でき,後の方の接辞が取り替わっているという分析を見落としているだけである。

語根の品詞(語根類)と語の品詞(語類)

 語根に指定されている品詞を,いま語根類(root class)と呼び,語の品詞すなわち語類(word class)と区別してみよう。これらは一致することもあれば,異なることもある。例えば,標準語の語根taka-「高い」は形容詞語根とよばれ,tabe-「食べる」のような動詞語根とは異なる語根類に属するとされる。一方,taka-me-ru「高める」におけるtaka-me-は形容詞語根から-meによって派生された動詞語幹であって,taka-の持っていたデフォルトの品詞情報(形容詞語根)が,派生接辞-meの力によって上書きされ,動詞語根と同じ品詞に転換されたことを意味する。このように,語根taka-の品詞,すなわち語根類は形容詞であるが,語であるtaka-me-ruの品詞,すなわち語類はtabe-ruなどと同様,動詞である。

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