3.1. 語・接辞・接語 | mysite
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記述のポイント

 文法記述の基礎的な単位の1つである接辞(affix)は,一般に語の内部要素であると考えられるから,ある方言で何が接辞で何がそうでないかを示すためには,語の定義を明確に示す必要がある。

 接辞と区別が難しいのは接語(clitic)である。というのも,これらは音韻的には自立しておらず(アクセントを持たず),必ず接続先(ホスト)を必要とするからである。このことから,既存の方言記述ではこれらを区別せず「助辞」や「接尾語」などとすることがある。しかし,以下に示すように,接辞と接語にはいくつかの重要な違いがあり,これらを混同するのは言語事実を正確に反映しないことになる。​

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接語と助詞・助動詞

 接語とは,語・接辞と対立する単位であり,形態音韻的な自立性の観点から定義される。一方,助詞とは,品詞のラベルである。すなわち,文中における役割をベースにして定義され,名詞や動詞などと対立する単位である。国文法における助動詞という独特な単位も,助詞と同様,品詞の1つである。しかし,方言記述では,接辞と接語の混同に加えて,これらと助詞・助動詞を混同し,明確な使い分けがなされない記述が散見される。文法記述を行う場合,上記のレベルの峻別を必ず行う必要がある。品詞については3.4節で記述のポイントを述べる。

 

語の認定について

 は形態的にも音韻的にも自立した単位,接辞はいずれにおいても従属した単位である。形態的に自立しているが音韻的に従属している単位が接語である。(論理的に設定される)形態的に従属しているが音韻的に自立している単位について,例えば,ある方言で複合語アクセントを記述する際,語幹それぞれがアクセントを保持する場合,そのような複合語語幹は形態的に従属しているが音韻的には自立している,と言える。

 なお,語幹A+語幹Bの複合語で複合語アクセントがAないしBによって決定される場合,この決定因子(AないしB)は音韻的に自立しているとは言えない点に注意すべきである。A+B全体で1つのアクセントを持つのであり,AもBも音韻的には従属的である。

形態的自立性

 語・接語・接辞の区分の1つの基準は形態的自立性である。形態的自立性は,以下の前提から導かれる予測を実際のデータにあてはめることで判定できる。

  • ​前提:接辞(語の内部要素)の分布は形態規則で決まり,接語・語の分布は統語規則で決まる。

    • 予測1:語を構成する形態素の順序は固定されているが,接語や語の順序はそれよりは自由に変動しうる。

    • 予測2:接辞の前接要素は1つのタイプの品詞に固定されるが,接語や語はもっと多様である。

 

 予測1に基づき,語・接語と接辞を判定する便利なテストの1つは「XとY」テストである。以下,標準語を例にとる。

(1)男と[女たち]

(2)[女たち]と男

(3)*女と男  -たち (cf. 女と[男たち])

(1)と(2)は,論理的に等価な意味を持つ。これは,(1)の2つの名詞を「と」を介して入れ替えただけであることを示す。(1)の「たち」を「女」から切り離して末尾に置き,「男と女」の順序だけを逆転させて(3)のようにすることはできない。この観察から,接辞「-たち」は,形態規則によって「女-たち」として,直前の名詞語幹に接続して生じ,この名詞全体が,統語規則によって,入れ替えの操作を受けていると説明できる。

 一方,以下の例の格助詞「が」(や,副助詞「も」,終助詞「よ」など)は,全く異なる分布特徴を持っていることがわかる。

(4) [男と女]が

(5) *女が と男

(6) [女と男]が 

(4)と論理的に等価の意味を持つのは(6)である。(4)の「が」を,「たち」のように,「女」にくっつけて一緒に移動させて(5)のようにすることはできない。この観察から,「が」は,「男と女」という句に接続し,よって常に句末に生じていると説明した方が合理的である。言い換えれば,句を作る規則(統語規則)によって「が」の分布が決まっている。

 日琉諸方言では,このテストを使って,格助詞・副助詞・モダリティ助詞・コピュラなどの要素が,「たち」などの接辞と異なっていること(以下で見る音韻的自立性の観点まで踏まえれば接語であること)を示せるはずである。

 予測2は,接辞の選択制限は強いが,接語や語の選択制限は弱い,という,選択制限を試すかなりよく知られたテストである。接語(それ自体が語)は句に接続しており,そのため,接語の直前要素は,句末の語がどれであるかによって変わってくる。しかし接辞はテンプレート内に生じるので,その直前要素は,例えば標準語の複数接辞「たち」は名詞語根ないしそれに接辞がついた語幹に限られる。

 語が形態的自立性(そして音韻的自立性も)を失い,接辞に変わっていく過程を文法化というと,文法化によって,ある形態素が常に予測1,2の観点から明確に接辞ないし接語に区別できるとは限らない。そのような場合,通時的な観点(すなわち文法化)に言及して記述を行うしかない。

音韻的自立性

 音韻的自立性は,アクセントの単位となるか,という点を筆頭に,ほかにも,音韻規則の適用範囲を構成するかという点も重要であるが,あらゆる発話に対して直接確かめられる点ではアクセントが便利なので,ここでは音韻的自立性をアクセントを基準に判定していく。なお,いわゆる無アクセントの方言(崩壊型とされる,語彙的対立もなく,かつ固定アクセントでもない方言)の場合,音韻的自立性は単独発話のイントネーション句の作り方などで判定できる可能性がある。

 日琉諸語の場合,名詞+格助詞は1つのアクセント単位になることが多いから,この場合,格助詞は音韻的自立性を欠くと言える。標準語の場合,形態的自立性の観点から,格助詞は形態的に自立しているので,格助詞は接語ということになる。なお,助詞の種類によっては,それ自体アクセントを持つ(あるいは,少なくとも助詞が接続先と同じアクセント単位とはみなせない)場合もあるから,注意が必要である。

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