下地理則の研究室
記述のポイント
語根は語に必須の要素であり、典型的には語彙的な意味を表すが、補助動詞のように語全体が文法的意味を表す場合は、語根もまた文法的な意味を持つことになる。語根は接辞に対立する概念である。
語根と接辞の連続の構造において,接辞は一様ではなく,語の完成において必須の接辞(屈折接辞)と,それ以外の接辞(派生接辞)という機能的な区別がある。語から屈折接辞を除いた単位を語幹と呼ぶ。以下の動詞の構造において,(a)は語根 vs. 接辞のレベルにおける構造化であり,(b)は語幹 vs. 屈折のレベルにおける構造化である。(b)のレベルにおいて,語幹の最小単位は語幹核(詳しくは5.3節)であり,これは単独の語根が埋めることもあるが,2つの語根の複合語幹や,別品詞の語根から派生された派生語幹が埋めることもある。
(1) kak-ase-rare-ta
書く-CAUS-PASS-PST
(a) 語根-接辞-接辞-接辞
(b) [語根-派生接辞-派生接辞]語幹-屈折接辞
語基は語形成における入力となる要素を広く指す。例えば,宮古語伊良部島方言における以下の例を考えてみよう。
(2) a. taka-「高い」
b. taka-sa(高い-NLZ)「高さ」
c. taka-ka-tar(高い-VLZ-PST)「高かった」
d. takaa~taka(RED~高い)「高い」
(2a)は語根である。これを入力として(2b)の名刺形式が派生される。この際,語根taka-は語形taka-saの語基であり,名詞化接辞-saは語基taka-に接続している,ということになる。
(2c)は活用形容詞(伊良部の文法では動詞の一種,状態動詞)である。taka-を入力として動詞語幹taka-ka(r)が形成され,これに屈折接辞-tarが接続している。すなわち,taka-を語基として動詞語幹taka-ka(r)が派生されている,といえ,taka-ka(r)を語基として動詞語形taka-ka-tarが形成されているといえる。接辞の側から見れば,-ka(r)の語基はtaka-であり,-tarの語基はtaka-ka(r)である。上述した「語幹と屈折」という対立軸においては,taka-ka(r)は語幹,-tarは屈折であるのに対し,語基という概念で捉えると,-tarにとってtaka-ka(r)は(出力であるtaka-ka-tarを作るための入力である)語基でもある。
(2d)は重複形式である。taka-という語根を入力すなわち語基として,出力形式takaa~takaが形成されている(なお,重複の境界記号は~を使うのが一般的)。
よく,語基とは,「ある形態素からみて,その接続先全体をさす」と言われるが,それは(2b-c)のような,接辞による語形成の場合であり,より正確には,(2d)のような重複のような例も踏まえ,「語形成における入力となる要素」と言った方が良い。