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記述のポイント

 文末終止できる動詞を一般に定形動詞(finite verbあるいはindependent verb)と言い,そうではない動詞を非定形動詞あるいは準動詞(non-finite verbあるいはdependent verb)というが,まずこの区分を大見出しに立てて整理すると記述がしやすい。なぜなら,これらの区分に応じて,異なった屈折カテゴリーを持つことが普通だからである。

以下は標準語の屈折体系の大まかな図式である。

  • 標準語の動詞屈折体系

    • 定形(independent):文末終止しかできない動詞形(意志形,勧誘形,命令形)

    • 両形(anbidependent):文末終止もでき,従属節の述語にも立てる(連体終止形あるいは単に終止形)

    • 非定形(dependent):(例えば標準語のテ形をはじめとする副詞節の述語形)

 

 終止形と連体形が対立する方言(例えば琉球諸語の北琉球など)では,前者が定形,後者が非定形である。また,琉球諸語で広く見られる文終止機能を有する接続形は,両形と整理できよう。

 

定形動詞の屈折

定形動詞の屈折カテゴリーは,例えば以下のようなものがあるだろう。​

  • どの方言でも見られる可能性が高いもの

    • テンス

  • 終助詞として動詞の外にある可能性も高いもの

    • モダリティ

    • ​疑問

    • エヴィデンシャリティ

  • 派生接辞として,動詞語幹の内部にあると見たほうが良い可能性が高いもの(可能性が高い順)

    • ​ヴォイス

    • アスペクト(完成vs. 継続など)

    • 極性(肯否)

    • ポライトネス(尊敬・丁寧・謙譲)

非定形動詞(準動詞)の屈折

 日琉諸語における非定形動詞(準動詞)の中心をなすのは,様々な副詞節を形成する述語形,すなわち副動詞である。副動詞は,テンスを持たないことが普通である。ある副詞節の述語がテンスで屈折する場合(例えば標準語の「食べるなら」「食べたなら」),それは副動詞ではなく,連体節の動詞(連体終止形)+形式名詞あるいは接続助詞の組み合わせに分解できる可能性が高い。実際,今あげた=naraは,名詞にも接続でき,これは接辞ではなく接語(3.1節)である。こうして,接辞と接語を厳密に区別していくと,動詞の語形変化としての副動詞の体系はかなりスリムなものになるはずである。

 このように副動詞と連体終止形+接続助詞の区別を行っておくことは,複文の記述を正確に行う上でも重要である。というのも,副動詞による副詞節と,連体節による「二次的な」副詞節(寺村のいう底の接続助詞化)とでは,節の従属度(主節のテンスのスコープの及ぶ範囲など)で違いが生じることがあるからである。

 日琉諸語やいわゆるアルタイ諸言語,そしてニューギニアの諸言語など,OV型の言語における副動詞の重要な特徴として,指示転換(スイッチリファレンス)の機能がある。日本語の「タラ」は,後続主語の転換を,「テ」は後続主語の維持を予測させる。

(1) 教室来たら,待ってた。(文脈なしだと,前後2節で主語が異なるという解釈が自然)

(2) 教室来て,待ってた。(文脈なしだと,前後2節で主語が維持されているという解釈の方が自然)

副動詞のこの機能は複文の記述で扱う方が良いが,このセクションでも概観を示しておいても良いだろう。

コピュラ動詞・存在動詞

​存在動詞とコピュラ動詞は通時的に関連している。また,存在動詞起源で,コピュラ動詞とは別の補助動詞も

発達している方言もあるだろう。そこで,以下の観点に特に注意して記述する。

 

  • 存在動詞(存在「いる」「ある」)

    • 形態構造はどのようになっているか。

    • 屈折カテゴリーにはどのようなものがあり、どう語形変化するか。(表の形式で)

  • コピュラ動詞(「彼は先生だ」などの「だ」)

    • 形態構造はどのようになっているか。

    • 語幹は特殊な語幹か、存在動詞など別の動詞と同形か。

    • 屈折カテゴリーにはどのようなものがあり、どう語形変化するか。(表の形式で)

  • 存在動詞およびコピュラ動詞は形態論的に普通の動詞とどのような点で異なるか。

  • コピュラ動詞、存在動詞とは別に「状態動詞」(「高くある」など、形容詞のク形と述語を作る)を設定できるか。例えば伊良部方言では、コピュラ動詞ar, 存在動詞ar/ur, 状態動詞arが区別される。区別の基準は以下の2つ。

    • 存在動詞と状態動詞は否定が特殊(「ない」形)

    • コピュラ動詞と状態動詞は主語の有生性によらず「ある」形

調査票

 大西拓一郎編(2002)『方言文法調査ガイドブック』には,方言研究の成果を踏まえた,活用に関するかなり詳細な解説があり,まずこれを通読することをお勧めする。さらに,古典語との対応まで示されている動詞語彙のリストと,語形変化の調査票が掲載されており,活用の記述をする上で大変参考になる。以下は,大西氏のサイトで公開されているpdf版へのリンクである。

  • 活用の解説はこちらから

  • 語彙リスト

  • 語形変化調査票

  • 語形変化調査票(共通語の文法カテゴリーから整理)

 よりコンパクトな調査票として,国語研の消滅危機方言プロジェクトの3点セットの作成の共同研究用に使われている語形変化を調べるための調査票はこちらから。

 準動詞の通言語的な問題点,類型論的な着眼点,そして準動詞を類型的な観点からまとめるための便利な調査票は,東京外国語大学語学研究所論集の準動詞の特集論文(こちら)から。

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